ぼくは階段下に置かれた古自転車にまたがると、勤め先である司法書士事務所を目指し、ペダルを踏み込んだ。5分と離れていない。乗り物が苦手なぼくにとっては、ありがたい距離だ。
この事務所に、もうぼくは8年も勤めている。
決して短くはない年月だ。結婚し、子供が生まれ、そして妻がこの星から別の星へ行ってしまぅ。そのくらいのことが起こりうる年月でもある。
そして実際そうなり、ぼくは6歳の息子を抱いた29歳のシングルファザーになってしまった。
事務所の所長はよくしてくれる。
8年前から老人だった所長は、いまでも老人であり、きっと死ぬまで老人なのだろう。老人でない所長は想像できない。いまの年齢が幾つなのかも分からない。80歳を超えていることは確かだ。
首から酒樽をぶらさげたピレネー犬のような風貌をしている。所長がぶらさげているのは二重になった顎の肉なのだけれど。物静かで温厚であるところも似ているし、眠たそうな目をいつもしょぼつかせているところもよく似ている。
所長の代わりに奥の机に年老いたピレネー犬が座っていたとしても、ぼくは気付かないかもしれない。
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