登記の鉄人

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ここでは、登記の鉄人達の技を紹介したいと思います。

何でもないように見えて、それでいてピリッと隠し味の効いたものから必殺荒業 までと言いたいところですが、登記の鉄人たちの技は、唯唯、正確な文字、正確 な書類、正確な手続がすべてであり、法の正義を実現することのなんと微々たる 歩みであることか。
しかし、そこに人生を賭けた鉄人達がいる。あなたの、ほら、すぐ近くに。


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胎児に関する登記の鉄人−出生前の登記権利者たち−


プロローグ

    胎児を考える前に、人を考えなければならない。
    法律上、人は権利主体として認識されている。人が権利の客体になることは絶対にな
    く、この意味で人の肉体に所有権が成立することはありません。人が生まれながらに
    して人権を享有していることは言うまでもないことですが、民法上人は権利の主体と
    して規定がなされています。ただしここでいう、「人」とは「自然人」を想定してお
    り「法人」は一応別論としておきます。

    民法1条の3   私権の享有は出生に始まる。

    民法は、権利の主体である人の始まりを出生と定義しています。
    出生とは、どの時点を指していうのでしょうか?
    ある、考え方は胎児が母体から一部でも露出した時期をいうとしています。
    また、別の考え方は、全部が露出した時期であるといい、
    さらに、別の考え方は、独立して呼吸を始めた時期(いわゆるオギャーと泣いたとき)
    であるとしています。
    このうち、全部が露出した時点をもって出生と考えるのが一般的(通説)です。

    しかし、この考え方は民法上のものであり、刑法上は別異に解釈されています。
    出生の時期が刑法上問題となるのは、人を殺害した場合は「殺人罪」(刑法199条)
    となりますが、人となる以前(胎児)に殺害したばあいは「堕胎罪」(刑法第29章)
    となるからです。刑法上は、少しでも早く人としての保護を与える意味からも、一部
    でも露出した時点をもって出生と考えられています。

    以上によって、「胎児」(法律上「人」ではない)は権利の主体となり得ないことが
    おわかりいただけたと思います。ただしこれには例外があります。民法は3つの例外
    規定をおいています。このばあいは、「胎児」であっても権利の主体となりうるわけ
    です。

    例外の1  民法721条
    胎児は損害賠償の請求権については既に生まれたものとみなす。

    例えば、電車の事故(運転手Aの過失)で乗客甲が死亡したとき、甲の妻乙が懐胎し
    ていた場合に、事故後に出産した子は、自己の損害の賠償ができることとなります。

    例外の2  民法886条
    胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
    前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、これを適用しない。

    例外の3  民法965条
    第886条(中略)の規定は、受遺者にこれを準用する。

    ですから、胎児も相続をし遺贈を受ける事ができるわけです。

    もうお分かりかと思いますが、今回の鉄人たちの技は、実はこの例外に該当する場合
    でしかも、登記と密接に関係をします例外の2(例外3も同様ですが)の場合に関す
    るものです。
    副題を「出生前の登記権利者たち」と付けた意味も実はここにあります。

胎児のための相続登記 プロローグでお分かりのように、「胎児のための相続登記」は可能です。民法が胎児 も相続に関しては生まれたものとみなすと言っているわけですから、相続登記ができ なければおかしいということになります。 ここまではよいとして、登記をする以上名前がいるではないか?名前をどうする?仮 名でも付けるのか?という疑問をもたれた方は、スゴイと思います。そのとおり、登 記をする以上「住所・氏名」を記載しなければなりません。そのことは「名変」のと ころで出てきました。 出生前の登記権利者の名前は 「亡甲某妻乙某胎児」具体的に言うならば「亡登記太郎妻登記花子胎児」となります。 名前をこのように記載するとの通達は明治31年に出ています。 住所は、もちろん母親と同じでしょう。違ったら恐いじゃないですか。 では、胎児が書類に印を押せるわけもなく、いったい誰が手続をとるのかといいます と、母親です。母親が胎児に代わって申請人となります。 懐胎証明書が必要か 通常登記をして、所有権の登記権利者(所有者)となるものは住民票が必要です。 これは、虚無人名義の登記を防止するためです。住民票が不要ならば、徳川家康や水 戸黄門名義の登記だって可能になってしまいます。 では、胎児の場合はどうでしょうか? 住民票がないことは当然として、母体中に存在していることの確認は必要なのではな いでしょうか? 実は、死亡者(相続される者という意味で「被相続人」といいます。)の妻が懐胎し ていることの医師、助産婦等の証明書は登記の申請には不要とされているのです。 以上で終わったかのように見えるこの問題、実はこれで終わるわけではないのです。 出産したとき 出生前の登記権利者は、やがて出生を迎えます。 その時どうするのか。 何と、ここで「名変」が登場します。 「亡登記太郎妻登記花子胎児」が出生によって「登記一郎」となったわけですから 所有権登記名義人表示変更登記をします。 住所は、住民票記載の住所です。 生まれたての子供だってやはり、字を書いたり印鑑をついたりできないわけですか ら誰かが代わって、手続をします。母親だろうと推測された方は、半分正しく半分 正しくはありません。なぜなら、この場合はもはや胎児ではなく、一人の人間とし て権利の主体たる能力(権利能力といいます)を持っているわけです。ただ、未成 年という状況から法律行為をする能力が制限されているに過ぎません。 このような場合に、民法は本人に代わって法律行為をする「代理」という制度を用 意しています。本人がその意思により代理権を授与する「任意代理」と法律の規定 によって代理権が付与されている「法定代理」とがあります。 法定代理には他にもありますが、未成年者の関係では、法律の規定によって一定の 地位にある者が当然代理人となる規定があります。 民法 818条 成年に達しない子は、父母の親権に服する。 子が養子であるときは、養親の親権に服する。 親権は、父母の婚姻中は、父母が共同してこれを行う。但し、父母の一方が親権を 行うことができないときは、他の一方が、これを行う。 民法824条 親権を行う者は、子の財産を管理し、又、その財産に関する法律行為についてその 子を代表する。 (第2項略) この規定により、未成年の子の法定代理人は「親権者」ということになる。 ですから、子供に代わって手続をするのは母親であるというのは、半分正解で半分 は正確ではないということになります。なぜなら、その子の母親が親権者でない場 合もありうるからです。 では、もうこれで終わりかといいますと、まだ続くのであります。 死産したとき 非常に悲しいことではありますが、やはりきちんと書かなければならず、手続もし なければなりません。それが「登記の鉄人」の宿命なのであります。 死産(胎児が死体となって生まれた)の場合、一体どうなるのでしょうか。 出生前の登記権利者として、一度は登記簿に名(亡甲某妻乙某胎児という名ではあ っても)を記載されたものが、この世から姿を消すわけです。どのように考えれば よいのでしょうか。 出生した場合には、「名変」で名前を変更する、という点から見れば、「胎児」と いう名はその子供自身と一体であるはずです。でなければ「名変」とはならないは ずですから。「名変」のところを思い出してください。有限会社が株式会社に変更 した場合も「名変」でした。すなわち法人格が連続している一体であるということ が理由のはずです。であれば、出生のときに「名変」をする以上、「胎児」はまさ に「出生児」と一体であるはずです。 その胎児が死体で生まれた。この事実をどう評価すべきなのでしょうか。 胎児が死亡したということでその名を削除(抹消といいます)するほかないでしょ う。しかし、事はそう単純ではないのです。 胎児の権利の行方は 胎児が死亡した。 すると、それまで生まれたものとみなされて持っていた権利(だから登記もなされ ていたわけですが)はどうなってしまうのでしょうか。だれかが引継ぐものなので しょうか。 このことを考えるに当たっては、最初意識的に避けていた問題にぶつからざるを得 なくなってきます。 民法のいうところの「既に生まれたものとみなす」とはどういう意味であるのかと いう深刻な問題です。 学者の意見は分かれています。 1つは、胎児には権利主体となる能力(権利能力)はなく、生きて生まれたときに 生まれた時期が遡及(さかのぼる)し、その時期(例えば胎児の父が死亡した)に 胎児がすでに生まれていたと同一の法的取扱がなされるにすぎない。と考えます。 他は、胎児中においても生まれたものとみなされる範囲では、すでに制限的な権利 能力を有し、生きて生まれなかったときに遡及的にこの権利能力が消滅する。と考 えます。 胎児も「出生前の登記権利者」として登記をなしうるという扱いは後者の考え方に 依っているように思われます。 そこで、この胎児が生きて生まれなかった場合ですが、遡及的にこの権利能力が消 滅すると考えられます。 遡及的に消滅するとは、どういう意味でしょうか。 一度は権利能力を(制限的ではあっても)認められたものが、さかのぼって認めら れなかったものとなるという意味です。一度与えられた権利が、ある時点で消滅す るのではなく、最初から与えられなかったことになってしまうわけです。ですから、 一度「胎児」の名で登記された権利は、死体で生まれた時点において消滅するので はなく、最初からそのような権利はなかったということになってしまいます。 ということは、胎児の名前で登記をしたことが、誤りであったと考えるわけです。 すると、誤りは訂正する(更正といいます)のが登記の基本ですから、この場合も 相続の訂正の手続をすることになります。 鉄人達の技 甲が死亡し、相続人は妻乙、長男丙、そして妻が懐胎しているとします。 すると、最初の相続登記は 乙 持分2分の1 丙 持分4分の1 亡甲妻乙胎児 持分4分の1 となります。 ここで、胎児が出生した場合 「亡甲妻乙胎児」 を 「丁」と変更する「名変」登記を申請します。 申請人は、丁を記載しますが、押印をするのは 「右のもの未成年者につき法定代理人 母 乙」と記載して乙が押印することになります。 後の場合、 死体で生まれた場合 乙 持分2分の1 丙 持分4分の1 亡甲妻乙胎児 持分4分の1 の持分を 乙 持分2分の1 丙 持分2分の1 と更正をする登記(所有権更正登記)をおこないます。 申請人は 登記権利者は「丙」 登記義務者は「亡甲妻乙胎児」と書かざるを得ません。この記載は登記簿上の記載と一 致していなければならないことは「名変」のところで出てきました。 具体的には、だれが申請(押印)するのでしょうか。もはや存在していない胎児に代わ って誰が手続をすればよいのでしょうか。 「胎児の母であった者」が申請するとされています。 ですから、 登記義務者は 住所 亡甲妻乙胎児 住所 右母 乙 と記載をして乙が押印します。 ・被相続人の死亡のときより10ヶ月以内に相続登記の申請があった場合でも、申請人 の他に胎児があるかどうかまで審査はされません。 ・胎児は相続放棄も、遺産分割協議もできません。 ・日本国籍を有しない乙の胎児を被相続人が認知をしていた場合には「乙胎児」と記載 します。「亡甲妻乙」ではないわけですから、そのようには記載できないということ です。 ここでの問題は、胎児の認知の問題で、これは胎児自身の権利能力の問題ではありま せん。 民法783条 父は、胎内に在る子でも、これを認知することができる。この場合には、母の承諾を得 なければならない。 (第2項略)

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