壬申戸籍の廃棄処分を行なったため、公簿として存在していない場合の取扱について
昭和四四年三月三日民事甲第三七三号・民事局長回答

(照会) 神戸市に於いては、貴省の認可を得て、壬申戸籍の廃棄処分を行なったため、公簿として存在していません。
 このため、当市が代位による相続登記を嘱託するに際し、相続を証する書面として、これを添付することができません。
 つきましては、これが登記嘱託手続方についてご教示賜わりたくご照会申しあげます。

(回答) 「廃棄処分により除籍謄本を添付できない」旨の貴職の証明書及び「他に相続人はない」旨の相続人全員の証明書(印鑑証明書付)を添付する取扱いによってさしつかえないものと考えます。


【参考】壬申戸籍

明治五年式戸籍
明治五年式戸籍とは、明治四年太政官布告第一七〇号をもって戸籍法三三則が公布され、翌五年から実施されたので、実施の年を基準に明治五年式戸籍又は干支によって壬申戸籍とも呼ばれている。
この戸籍は、明治五年二月一日から明治一九年一〇月一五日までの間につくられた。

(1)この様式は、美濃紙の寸法を基準とする公用の罫紙を用いている(明治四戸籍法二七則)。中には美濃白紙を用いている。
(2)戸籍の編製は、住所地において戸主をはじめとして親族を主体とし、他人でも養育している者を附籍者として登録した。
(3)戸籍の特定も何番屋敷という住所(住居の番号)をもって表示していた。今日の住居表示に相当するであろう。
(4)戸籍は、前記(2)(3)に示すとおり、住所地における現実の共同生活団体を登録しているので、今日の住民基本台帳に相当するものとみられる。この中で身分関係を明らかにしている。
(5)戸籍には、右のほか戸主の印鑑登録、その家の職業、宗旨である寺社名を登録し、地方によっては、田畑の面積、牛馬の頭数も登録し、課税台帳も兼ねていた。

この様式の戸籍は、明治五年二月一日から明治一九年一〇月一五日までの間につくられたが、当初は一斉登録の方式(国勢調査又は最初の住民登録の要領=住民登録法施行法参照)でもって、およそ一〇〇日間で整備され、その後は六年ごとに編製替をすることになっていたが六年ごとの戸籍調べは実施されなかった(明治四戸籍法四則.二〇則〜二三則、明治六・七・八太政官布告二四二により廃止)。現在ではこの様式による戸籍は、保存期間を経過し、廃棄処分になっているものが多い。ただし、この戸籍で明治三八年以降に改製されて原戸籍となったもの、又は除籍となったもの(その数は極めて少たいであろう)は、保存期間(八○年)内であるから、現在(昭和六〇年)でもその謄本の交付は受けられるであろう。しかし、この原戸籍又は除籍には、今日では公開に適しないものがあるため、その謄本には、現行の戸籍記載事項に相当する事項についてのみ作成すべきものとされている(昭和四三・三・四民事甲三七三通達)。

(相続における戸籍の見方と登記手続 日本加除出版 昭和62年 より)